Jun 29, 2011
国内旅行をする利点は、
国内旅行をすることの利点は、やはり簡単に感覚だと思う。車で行けば重い荷物を持って歩く必要もなく、自分のペースで走ることができます。海外旅行に比べて、言葉の壁も文化の差もほとんどない。飛行機から離れていくと、ほとんど海外旅行に行ったような気候と景色の違いを楽しむことができます。国内旅行は、思い立ったらいつでもどこでも簡単に行くことができます。学生生活の思い出に卒業旅行にぜひ行きたいんだけど、経済的な余裕がない学生への旅行代の支出はかなり大きなものです。それで旅行代金を安くするにはどうすればよいかを考えている。新年に入ると、各旅行会社からの卒業旅行のための計画が次々と登場するので、水ぶくれを確認することが重要だと考えています。楽しい卒業旅行には、事前準備が重要です。
【ニッポン病院の実力】
国内の死因トップはがんだが、その中でも皮膚がんの患者数は決して多くはない。しかし、身体の表面の皮膚に生じるがんの種類は多く、悪性黒色腫(メラノーマ)のような非常に悪性度の高いものもある。
また、一見、シミやホクロ、あるいは湿疹のような形をしているため、見極めを誤って治療の手を加えると、進行や再発の原因にもなりかねず、診断と治療には高いレベルが求められる。そんな皮膚がん治療で全国トップの実力はもとより、世界最高水準の治療を行っているのが、国立がん研究センター中央病院皮膚腫瘍科だ。
「国内では患者数が少ないため、薬の開発は遅れていました。日本はメラノーマの手術や放射線治療は世界レベルであっても、使える薬の種類や数が世界とは違う。しかし、メラノーマの患者さんは国内にもいます。そのドラッグラグをずっとなんとかしたいと思ってきました。それがようやく解消されつつあります」
こう話す同科の山崎直也科長(51)は、皮膚がん治療一筋に、国内で最も多くのメラノーマの治療を行っている。その新薬について昨年秋から国際共同治験に参加した。皮膚がんの治療薬で、臨床試験を世界各国と同時に行っているのは史上初めての快挙である。
「新薬の効果が得られればメラノーマの治療は飛躍的に進歩します。まさに治療の転換期ともいえるのです」
もともと小児科医を目指して医学部に進学した山崎科長だったが、研修医時代に皮膚がんの治療に出合った。内臓のがんほど知られていないが、皮膚にできるがんも血管やリンパ管の中に入って流れに乗り、全身の臓器へと転移して命を奪うことがある。種類も多く、性質もがんによってさまざま。患者と向き合ううちに、いつの間にか皮膚がん治療に没頭していたという。
「皮膚がんは進行の早い悪性度の高いものばかりではありませんが、小さくても顔にできた場合は、治療による傷跡がQOL(生活の質)を下げる恐れがあります。また、むやみにがんの部分に触れることで、再発や転移につながるため、診断と治療には高い専門性が求められるのです」(山崎科長)
しかし、日本では診断と治療が、まだ普及しているとはいいがたい状況だ。それを打開するため山崎科長は、皮膚がん治療のガイドラインの改訂版にも着手している。夢は「日本から世界初の治療法を発信したい。私ができるのは、まず遅れている薬物治療の面で世界の最先端治療に追いつくことです。私たち皮膚腫瘍科はチームワークが良く、メンバーは皆同じ目標を持っています。次世代の若い先生たちとともに、ぜひ世界ナンバーワンを実現したいと思っています」と山崎科長。
その夢に向けてまい進中だ。 (安達純子)
<データ>2010年実績
☆悪性黒色腫88人
☆有棘細胞がん52人
☆基底細胞がん28人
☆乳房外パジェット病19人
☆隆起性皮膚線維肉腫10人
☆血管肉腫9人
☆病床数18床
〔住所〕〒104−0045東京都中央区築地5の1の1 (電)03・3542・2511
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【レールヘブン】八戸線(下)
12時19分、普通・階上行きが八戸を発車した。実はディーゼルカーのキハ40形は非力で知られる。そのため、速度をつけるにはエンジンをフル回転させなければならない。ブルルルッ、とうなる音に必死さが漂う。例えてみれば頑張っているオジサンか。妙に好感が持てる。
ほどなく八戸市中心街の本八戸に到着。1971年までこちらが「八戸駅」を名乗っていた。近代的な高架区間を過ぎ、いよいよ列車は海岸線に接近。鮫に近づくにつれ水産関連の工場が多数見えてきた。震災の津波では、建造物は壊滅的な被害を受けなかったものの、波をかぶった多くの機械がお払い箱になったという。
同線では階上−久慈が津波の直撃により、復旧のめどが立っていない。鮫−階上は海の側といってもやや高い場所を走っているため、難を免れたようだ。
陸奥白浜ではその名の通り、白く輝く砂浜が広がる。ところが金浜(かねはま)の砂は砂鉄を多く含んでいるため黒っぽい。自然の不思議というか、わずか7キロ足らずの距離に白と黒の砂浜があるのは興味深い。
階上着、13時6分。代行バスに乗り換えるお客あり。また、結構な数の人が、線路を“スタンド・バイ・ミー”していったのが印象的だった。
変化に富んだ沿線の自然に、昔ながらの気動車がうまく溶け込んでいる。この貴重な路線を、ぜひ観光資源として末永く守っていただきたい。(久保木善浩)
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